ノルマと呼ばれる計画生産数値の設定、巨大な工場群であるコンビナート、陣地に大量配備されたトーチカは生産物の質より量が重視されたこの時代では一定の効果があり、ソ連の力を高めた。また、中長期的な経済目標を国家が設定する方式は世界恐慌を食い止められなかった資本主義諸国にも影響を与え、ケインズ経済学による公共投資の重視やアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領によるニューディール政策の実施、西ヨーロッパ諸国、特にフランスやイタリアで採用された混合経済体制の構築につながった。また、ナチズムを掲げるナチス・ドイツでも四ヶ年計画による経済建設と軍備増強が行われた(統制方法についてもスターリン型社会主義を参考にしたという意見もある)。
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ソ連は第二次世界大戦に勝利すると、自らの影響下に収めた東ヨーロッパの国にこの体制を押し付ける形で「人民民主主義体制」と自称する社会主義政権を樹立していき、資本主義国と対峙した。その各国では、チェコスロヴァキアのクレメント・ゴットワルト、ユーゴスラヴィアのヨシップ・ブロズ・チトーのような小スターリンが登場した。
ただし、チトーは1948年にスターリンと決別し、国家ではなく労働者が企業を管理する独自の経済と、ソ連と資本主義諸国との中立・非同盟外交政策を柱とした独自の社会主義国家を建設していった。これをスターリンはチトー主義と呼んで強く批判し、特に東ヨーロッパ諸国では共産党内の反主流派をチトー主義者として粛清する例が続出した。